- 林:
- 愛でるというテーマに関連してお聞きしたいのですが、LOVOTという名称はLOVEとROBOTを掛け合わせた造語で、LOVE=愛が重要なテーマの1つとなっています。その「LOVE」に関しては人それぞれ独自の価値観を持っていると思いますが、仏教と愛の関係性、あるいは僧侶である松本さんにとっての愛とはいかなるものなのでしょうか。
- 松本:
- 仏教では「愛」という言葉は自体はあまり積極的に使われません。「貪愛(とんあい)」という言葉もあるくらいで、自分の好むものをむさぼり求める貪欲という、人間のもつ根元的な3つの悪徳「三毒」の1つに重ねて使われることもあるくらいです。つまり、愛は「愛着」のように、しがみつくという意味合いで使われることが多いんですね。仏教では、ある対象に対してこうしたい、こうあってほしい、手に入れたいなどといった、囚われの心、しがみつく心を手放すことが勧められます。
そして先程も申し上げた通り、仏教では思い通りにならないことを「苦」と呼びます。でも、思い通りにしたいと思うその愛着が苦を生んでいるメカニズムなんだから全部手放していこうよと言われても、そう簡単にはやめられない。どうしても思い通りにしたいという愛着が心の奥底から自然と湧き上がってくる。この「わかっちゃいるけどやめられない」ところがまた、人間らしさを生むというか、人間を人間足らしめているもの。人間らしいところを全部捨て去ることができた人間が仏陀になるわけですから、ほとんどの人は仏陀にはなれないし、もし愛着を全部手放すことができたら、それは成仏です(笑)。私もよく「お坊さんで悟っているから執着なんてないんですよね」と言われるのですが、そんなわけないじゃないですか。普通の人たちと同じか、もしかしたらそれ以上に執着が強いかもしれません。その仏陀になれない人間が愛着を抱えて生きていく。人として生きるということはそれらもひっくるめて受け入れていくということだと思うんです。
その愛着の代表例が死別でしょう。大事な人が亡くなってしまった時、誰しもが取り戻したい、生き返ってほしいと心から願うでしょうが、それは無理なこと。でも、そんなことはわかっているけど何かしたい。例えば亡くなってしまった人に自分の気持ちを届けたいという時、仏壇を媒介としてご供養したりと、残された人へ祈りの気持ちの受け皿となってきたのが仏教だと思うんですね。合理的思考はAIが進化すればするほどどんどんできるようになっていく。じゃあ最後に人間に残るものは何かというと、合理的思考では無理とわかっちゃいるんだけど、そうはいってもやめられない、なんとか自分の気持ちを伝えたい、かたちにしたいという、“祈り”としか言いようがない思いの部分ですよね。こういうことがこれからの時代には重要になっていくのではないかと。そう考えた時にLOVOTも、愛というか、私の文脈で言うと、祈りということと重なっていく部分があると思うのです。
- 林:
- よくわかります。愛という言葉そのものは非常に幅広くて、おっしゃる通り、定義しにくい部分を全部愛という言葉でラッピングしてしまっているがゆえに、誤解を生みやすいのだと思います。では先程の話にも出た「愛でる」と「執着」はどのような関係にあるのでしょうか。
- 松本:
- 「愛でる」も対象に気持ちを向けていく行為の1つではありますが……「愛」は扱う領域が広いので難しいですね。仏教では基本的に、嫌いなものだけでなく、好ましいと感じるものに対しても、愛着を持てば、それは苦を生むものと見ていきます。
- 林:
- 愛の中に執着も含まれるのでしょうが、道端に咲く花や犬や猫、小鳥などを愛でる気持ちも愛の1つだと思うんですよね。
- 松本:
- 確かに、そのような何かに感動して愛おしいと思う気持ちも愛だと思います。
- 林:
- だとすると先程松本さんがおっしゃった、「祈り」は「愛でる」に近い心の動きなのでしょうか。
- 松本:
- 言葉の使い方は人それぞれですが、「気持ちを向ける」という意味では近いかもしれませんね。
- 林:
- ただ、気負いなく愛でるという行為は意外に難しくて、その対象も少ないですよね。おそらくそこに犬や猫、もしくは仏像の存在価値もあるんじゃないかと。先程、LOVOT開発には仏像のような存在を作りたいという思いを込めていると言いましたが、その理由は人々が仏像を愛でるようにLOVOTを気負いなく愛でて、それによって心の豊かさや平穏さを得られればいいなと願っているからなんです。
- 松本:
- なるほど。確かに人間のお葬式よりペットのお葬式の方が嘆き悲しむ人が多いなんていう話も聞くくらいですから、人間関係はいろいろ複雑なのに対して、ペットの方が気負いなく愛せるということもあるかもしれませんね。その、あまりいろいろ考えずにそのまま気負いなく愛でられるという存在に、ロボットがなりえる可能性は十分あるかもしれませんね。
- 林:
- 人間関係のいろいろ複雑な部分はLOVOTの守備範囲外なので、そこは役割分担じゃないですがお寺でぜひ受け持っていただきたいなと(笑)。
- 松本:
- そうですね。ややこしいところはお寺で受け持ちます(笑)
- 林:
- おこがましい話ですみません(笑)。本日はありがとうございました。とても楽しかったです。
- 松本:
- こちらこそありがとうございました。LOVOTの完成を楽しみにしています。
さすが仏教界のトップランナー・松本さん。仏教の教えを交えながらの深くて興味深いお話に、思わず時を忘れて聞き入ってしまいました。ありがとうございました。