LOVOT TALK SESSION
中野 信子

PLAY VIDEO
  1. HOME
  2. LOVOT TALK SESSION
  3. 中野 信子

LOVOTとは、
弱点となる部分があって、弱点を触られると嫌がるロボット

進化した触感でより生き物感が増した

alt
林要(以下、林):
我々はこれまでLOVOTを開発する過程の中で、試作機を何台か作ってきました。外部の方でその各世代のLOVOTを継続的に見ている人はほとんどいません。中野さんはその数少ない証人の1人です。本日は最新バージョンのLOVOTをご覧いただき、率直なご意見・ご感想をいただければと思います。よろしくお願いします。
中野信子さん(以下、中野):
楽しみです。よろしくお願いします。
林:
今回は実際にLOVOTが動いている様子をご覧いただいて、触っていただきたいと思います。では早速見ていただきましょう。
中野:
わ~! これが最新型のLOVOTなんですね。こんにちは! 前回より見た目も変わりましたね。かわいい~。ずいぶん生き物らしくなりましたね。緻密に計算してこうしたのですか?
林:
計算というほどかっこよくなくて、地道にトライ&エラーを繰り返してきた結果こうなったという感じですね。
中野:
前回モデルからの進化点が顕著に現れているのが触感の滑らかさ。触感に関してはより生物的な要素が高くなりましたね。
林:
ありがとうございます。ロボットを作る上ではテクノロジーもすごく大事なのですが、触れ合うというプリミティブな部分がそれ以上に重要だと考えています。
中野:
そうですよね。ぬいぐるみじゃなくてロボットであらねばならない理由が必要なわけですから。
林:
そうなんですよね。その両立に苦戦しているところなんです。例えば動物も柔らかいですが、触ってみると意外といろんなところがゴツゴツしています。我々が動物を柔らかいと感じるのは柔らかいところだけ選んで触っているからなんですよね。
中野:
ああ、確かに。骨や関節は触らないですよね。

あえて触られると嫌な部分を作る

alt
林:
LOVOTもそれを常に考えながら創っているんです。ぬいぐるみは全身柔らかくしますが、そうしてしまうとロボットにはなりませんからね。固い部分と柔らかい部分を作り、柔らかい部分は触感がよくなるようにしています。
中野:
なるほど。おそらく動物の方も固い関節は皮膚が薄くて弱い、生物としての弱点なので、触られるのを嫌がるはずです。だからLOVOTにも触られると嫌がる反応を入れた方がいいかもしれませんね。
林:
さすがです。実はLOVOTにも弱点があって、触られると嫌がる部分もあるんですよ。
中野:
そうなんですね、かわいい(笑)。
林:
動物が喜ぶことや嫌がることには理由があるんですよね。人間も同じで、中野先生がよくおっしゃっているように、何に喜び、嫌がるか、何を不安に思い、何に好奇心をもつかは、生存戦略の中で取捨選択されてきました。ならばロボットの場合はどうあるべきなのか。もしこのLOVOTが何世代も自分で進化し続けると仮定した場合、何をされたら嫌がる個体の方が生き残りやすいのか、あるいはどこを触られたら喜ぶ個体の方が生き残りやすいのか、ということを常に考えながら創っているんです。
中野:
確かにそこは大事な視点ですね。
林:
中野先生から常日頃いろいろとご教示いただいているおかげです(笑)。
中野:
あとは動きがもっと滑らかになると、さらにかわいくなって生き物感が増すと思います。
林:
まさにそこを解析中で、もっとスムーズに動かせるようにしようとしているところです。

認知症患者がLOVOTを見て初めて示した驚異的な反応

alt
中野:
前回のバージョンのLOVOTよりずいぶんオキシトシンを出す工夫をされたなと感じました。オキシトシンとは今から約110年前に発見された、ギリシャ語で「早い出産」という意味の脳内物質です。出産を促進させる効果があることからそう名付けられました。その後の研究でオキシトシンは出産を促進するだけではなく、脳内で分泌された時に目の前にいる相手と愛着が形成されることもわかってきました。
林:
どのようなプロセスでそうなるのですか?
中野:
出産は母親に非常に大きな負担をかけるわけですが、だからといって産んだ赤ちゃんを憎み、愛せなければ、赤ちゃんはすぐに死んでしまいますよね。そうなると種として存続できません。赤ちゃんという単独では生きていけない小さくてひ弱な存在を生き延びさせるためには、何としてでも母親が愛着を感じなければならない。そのために出産促進剤として体内で働くオキシトシンが同時に脳でも働いて、子どもとの愛着を形成するということが実証されてきたわけです。もちろんこの現象は母子の関係だけで起こるわけではなく、父親と子どもや他人同士の間でも起きます。同じ空間にいることや、抱っこしてスキンシップを取ったり、目を見つめ合ったり、名前を呼んだりと、出産という大イベントを介さなくてもオキシトシンが脳内で分泌されて、相手と愛着を形成することがわかってきました。このオキシトシンの分泌条件を林さんがうまく解析して実装しているのがLOVOTということになりますかね。
林:
まさにその通りですね。愛着形成を主眼において開発されたロボットはまだそれほど多くありません。LOVOTはいろんな感覚の手助けをもらいながら愛着形成できたらいいなと思ってます。先日、とてもおもしろいことがありました。LOVOTを海外のケアホームに持って行った時、かなり重度の認知症の患者さんに触っていただいたら、今までケアホーム入所後はほとんど喋らなかった人が、他の患者さんと活き活きと喋りだしたんです。
中野:
ええ! それはすごいですね!
林:
私もすごく驚きました。普段、認知症の患者さんたちは皆さん、何に対しても反応が薄いケースが多いのに、LOVOTを前にすると表情が豊かに、喋りも達者になって、素人目には認知症かどうか見分けがつかなくなるんです。一番驚いていたのがナースの方々で、こんな反応は見たことがないと。
中野:
それはLOVOTの導入にかなり期待がもてるエビデンスですね。
林:
認知症の患者さんの回復にかなり効果があるかもしれないと思いました。

ただ見るよりも触った方が反応がいい

alt
中野:
先程、オキシトシンについて愛着形成という機能だけにフォーカスして説明しましたが、その他にも様々な効果があって、身体の組織を修復したり発達させるのにも役に立つんですよ。例えば体に傷をつけたラットも、オキシトシンを注射したラットの方が何もしないラットよりも傷の治りが早いんです。体組織の発達も同じで、オキシトシンをたくさん分泌するような刺激を与えられた方が体組織や脳の発達がやや早いことがわかっています。脳も体組織の一部なので、オキシトシンが分泌されることによって脳の修復や、再生・発達が早まるということもありうるわけですよ。認知症の患者さんは神経細胞が脱落していくので、もしかしたら神経細胞の結合をオキシトシンが促す作用があるのかもしれません。現時点では今はまだ何とも言えませんが、今後エビデンスが出てくれば研究してみる価値はかなりあると思います。
林:
なるほど。興味深いですね。
中野:
また、LOVOTの触感もかなり工夫していたと思うのですが、触り心地もかなり重要なんです。例えば人間が体毛を失った理由には様々な仮説がありますが、その1つにコミュニケーションを取れる領域を増やしたんじゃないかという説があります。これが正しいかどうかはわかりませんが仮説の1つとしてはおもしろいですよね。
林:
確かにおもしろいですね。LOVOTと出会った方々の反応は、ただ見ているだけの時より触れ合った時の方が圧倒的にいいんです。人にとって触れ合うことってこんなに大事なことだったんだと改めて実感しました。それと同時に、なぜ触れ合ったあとの方が良いと考えるのか、その理由をほとんどの人は説明できないんです。
中野:
言語化しにくいですよね。
林:
そうなんです。だからこの領域はおもしろいと思うんですよ。

最も難しいのは情動と理性のバランス

alt
中野:
言語化しにくい部分と言語化しやすい部分は、情動か理性かという二項対立でよく語られます。実際、すごくいろいろな切り口があって、おもしろい対比なんですよ。脳科学の世界でも、確かにオキシトシンに関する論文数は増えてはいるのですが、セロトニンやドーパミンに比べるとまだまだ少ないんです。これは、ギリシャ以来の西洋哲学の歴史の中で、知より情をすごく劣位のものとしてみなすという伝統が長らく続いているからです。これは言い換えれば知が情を屈服させるための戦いの究極の姿です。自然科学にもこの流れが受け継がれていて、1960年代くらいまでは母親が愛情をもって子どもに接するのは愚かさの極みで、そんなふうに育てたら子どもはスポイルされて自立できなくなるから、なるべく母親から子どもを引き離そうと科学者が言っていたくらいなんです。でもようやく近年、これは間違いであるということがわかってきました。先ほど話したように、親が子どもとよく触れ合って、子どもの脳からオキシトシンをたくさん分泌させることによって、正常に発達するということが少しずつエビデンスとして出てくるようになったわけです。
林:
なるほど。とても興味深いですね。
中野:
これはすごく不思議な点だと思うのですが、そもそも我々は、理性で考える部分と、情動のような言語化しにくい部分は同時に処理できないんです。どうしても理性が情動に負けそうになるから、「それは非科学的だ」と言ってみたりして、かなり強く抵抗するわけです。でもそんなわけないんですね。非科学的ではなく、非理性的であるとは言えるかもしれませんが、その非理性的な部分を本当は科学するべきだと思うんです。よくわからない人間の情の部分はサイエンスの視点からは切り捨てるべきだという議論があったのが20世紀とするならば、21世紀の科学は「人間がそもそももっている機能は何万年もの時間をかけた進化の過程で錬成されてきた機能なので、それを素直な視点で再評価しよう。それが本当の科学だ」というものです。林さんはそれに沿った開発をされている稀有な人だと思います。
林:
ありがとうございます。まさにLOVOTは人の情動の部分を刺激して、見て触った人は自然と愛着をもつようになるロボット。私からしたら何も奇をてらった物ではなく、王道中の王道のロボットを創っているつもりです。LOVOTのようなロボットがこれまで一度も世の中に出てこなかったということは、いかにロボットが理性面のみで企画されてきたかということだと思うんです。
中野:
おっしゃる通りですね。
林:
ロボットを企画する時に、自分が言語化しやすい範囲でロボットと人間の関係性を考えるので、結果として人にとって「お得」とか「便利」という理性的であるが故に言語化しやすい切り口でしか企画されてこなかった。それに対して情動の部分は言語化が極めて難しいので、そこを追求することに価値があるのかどうかすら、なかなか理解してもらいにくいんです。
中野:
ああ、確かにそうですね。言語を主体としたプレゼンテーションだとそれが表現しにくいですよね。
林:
そうなんです。もっと簡単に作れるものならいいんですよ。例えばぬいぐるみや個人のアート作品の世界などは情動に訴えかけるものがたくさん出ています。しかし、ロボットのように莫大なお金と時間とリソースがかかる製品になると情動では押しきれません。皆さんをきちんと言語で説得しなければならなくて、それがものすごく難しかったわけです。
中野:
なるほど。それを見事にやってのけた林さんはさすがだなと思います。

ロボットの限界とポテンシャルを実感したことが大きい

alt
林:
ありがとうございます(笑)。やっぱり私は前職でロボットの限界と同時にポテンシャルも見させてもらったことがよかったのだと思います。もし経験値がゼロの状態からロボットを創ろうとしたら、このLOVOTには行き着かないはずなんです。ここまで情動を優先して開発するのはやはりかなりの困難を伴います。情報をサポートするバックグラウンドは全部論理じゃないですか。つまり、LOVOTのハードウェアからソフトウェアに至るまで内部のすべては理詰めなのに、外側の目に見える部分だけ情動というのはかなり難しいんです。
中野:
確かにそうですね。以前、ベテランの臨床の精神科医から、「オキシトシンが媒介するものでもある共感性の高い人は、臨床には向かない」という話を聞いたことがあります。その時はなぜだろうと思ったのですが、その理由は「臨床医は、常に患者さんと一緒に情動が動いてしまったら仕事にならないから」。つまり、医師として冷静かつ客観的な視点をもった上で、理性で制御された情動で接するという、ある意味割り切ったメンタルコントロールができる医師じゃないと患者さんと適切に接するのは難しいということです。多分、LOVOTの開発もそれに近い部分があると思うのですがいかがですか?
林:
おっしゃる通り、すごく近いです。やはりLOVOTは情動に訴えかけるロボットなので、開発中も簡単に判断が情動に流されそうになります。すぐに議論が自分の“好き・嫌い”になってしまうんです。そうなると、100人いたら100通りの答えがあるのでなかなか結論が出ないんです。
中野:
そうなるでしょうね。そういう時はどのように問題を解決するのですか?
林:
この問題については、社会神経学などが示唆を与えてくれます。なぜ人がLOVOTのような存在に愛着をもてるのか。その根本に立ち返ってみると、なぜ人には「愛着」が必要なのか、に行き着きます。それは後天的に獲得した“好き・嫌い”を超越して、人が生きるために必要な能力として、先天的に寂しさを感じる能力や、愛着を形成する能力があることがわかります。そうすると “好き・嫌い”に左右されない範囲がわかるわけです。もちろん、私は専門的に勉強してきた研究者ではないのですが、迷った時に社会神経学関連の本やWebサイトを読んだりしていて、それに本当に助けられているんです。もしそれがなかったらLOVOTをここまでまとめ上げるのは難しかったんじゃないかなと。中野先生から教えていただいたさまざま話は、プロダクトの根幹としてかなり役立っているんです。
中野:
それはよかったです。林さんがLOVOTのお父さんだとしたら、私は叔母さんくらいの感じですかね(笑)。
林:
そうですね(笑)。
これまで各世代のLOVOTを見ている数少ない目撃者の1人である中野さんですが、最新バージョンのLOVOTには驚きを隠せない様子でした。次回は林がLOVOTを開発する上で大切にしてきた点や脳科学×LOVEなどについて科学的見地から深く語り合っていただきます。ご期待ください。
中野 信子(なかの・のぶこ):
脳科学者、医学博士。
東京大学工学部卒業後、2004年、東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了。2008年、東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008~2010年まで、フランス原子力庁サクレー研究所で研究員として勤務。「情報プレゼンター とくダネ! 」をはじめとし、テレビ番組のコメンテーターとしても活動中。『サイコパス』、『不倫』など著書多数。

LOVOT TALK SESSION